ひろっきーの思考 Hirokky’s thoughts are here.

英語学習、ビジネス、映画、インテリア、アート、日本文化など今まで知り得た無駄な知験から思うこといろいろ。実験的に。English learning, Business, Movies, Interior deco, Art, Japanese culture

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耳の痛い忠告に向き合う “Why we can't accept blame.”

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Hello. It's Hirokky.

How's your day?

耳の痛い忠告やアドバイスほど、自分の感情が揺れ動くものはありません。

ましてや相手が尊敬している人や親しい方だったら、尚更です。

「あー、はいはい」と適当に流すこともできますが、

そこはぐっと観察して、

しっかり受け止める態度を取ることもできます。

 

「人間はそもそも思考と感情を切り分けることができる」と、ある経営者の方から、昔、聞いたことがありました。

当時は、なるほどなぁと思っていましたが、実際に自分にそのような事が起こったときに、これほど力強いアドバイスはないと感じたものです。

 

とっさに言われた内容が、自分にとって心無いものだと感じたとき、普通は、ムッとしたり、萎縮したり、悲しくなったりします。

しかし、「その時の感情は、自分が選べるはずだ」と考えると、いつも自動反応していた感情を、一歩下がってみることができます。

何回か練習をする必要があると思いますが、「あ、いけないいけない。引いて考えるんだった」と都度気づくようにしていけば、だんだんと慣れてきます。

 

僕は今でも完璧にできるわけではありませんが、感情が揺れ動くときに、自分の心をちょっと注意してみるようにしています。

 

忠告する側を考えると、そんなリスクの高い言葉を言う必要は、本来ないはずです。 嫌われるかもしれないし、場合によっては、恨みを買うこともあるからです。

こんな記事がネットにありました。

www.huffingtonpost.jp

思わず、「葉隠」をAmazonでポチりました。

 

耳の痛い忠告は、ある意味、相手からの愛情でもあると思います。

もちろん、普通に嫌がらせとかもあるかもしれませんが、自分の信じた相手であるならば、そのアドバイスは自分にとって有益な内容であるかもしれません。

聞く側がその時、受け取れる状況かどうかという視点もありますが、自分にとって痛い忠告ほど、聞いてみる価値があるかもしれません。

その時は理解できなくても、後から分かることもあると思います。

それでは、また次回に。
Well then, till next time.
Let there be prosperity.