ひろっきーの一考 A thought by Hirokky

アイディア・学習・ライフスタイル・旦那道・映画・インテリア・アートなど、今まで知り得た無駄な知験から思うこといろいろ。実験的に。

楽しそうだと思ったことをやる。 “Let’s do what it looks fun.”

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今、やっている事がなんの意味もなかったと感じていても、自分が楽しい気分でできるのであれば、それはそれでいいと思うのです。

将来、そうやって続けた無駄と思える知験が何かの役に立つことがあります。

 

僕の場合は、例えばストリートダンス。

学生時代にすっかりハマってしまって、社会人になってからもしばらく個人的にやっていました。さすがに近年はほどほどにしていますが、それでも時折、自宅の鏡前で軽く踊ったりします。息がすぐにあがるので本当に軽くです。

 

なんだかんだで今でもダンスを続けているのは、踊ることが役に立つというよりも、単に楽しいからです。

 

踊るといい感じで汗もかくし、循環器系のトレーニングにもなる。ストレス解消も瞬間的にできる。身体と心を整えるにはうってつけのエクササイズになっています。踊る事で、すぐ顔を覚えてもらったり、2次会の場を盛り上げたり、上司に気に入れられたり、外国人とはすぐに仲良くなるし、海外のクラブでは目立つしなどなど、後から考えたら色々と役に立つことがありましたが、前提は“楽しい”があったから続けてきたように思うのです。

 

日頃なんとなく続けていることは、楽しいがベースにあることがほとんどです。

 

逆に、何かの役に立つという意味でやっているものは、継続が難しいように思います。

 

最初はいつか役に立つだろうとやり始めた事でも、それ自体が楽しいと思ってしまえば継続できる。

楽しさではなく、第三者のためにという意図だけでは、継続は結構しんどいのではないかと思うのです。

 

何かの役に立つということは、自分がどこかで認められたいとか、誰かのためになりたいという意図があります。

 

それ自体のエネルギーは素晴らしいものなのですが、継続するにはやはり何か足りない。それは自分が「楽しむ」という事なのではないかと思います。

 

例えば、英語学習は、確かに話せるようになったら自分の仕事や人生に役に立ちますが、学習そのものを楽しむことができなければ継続は難しい。

学習をどうしたら楽しめるかを考えて予定を立てると成功しやすいのです。

 

何かを始める時にはいつも、「それが楽しいかどうか?」を僕は考えます。

最初は面倒ながらも、やっていくうちに楽しさを見い出すこともあります。

 

何事にも楽しさを感じることができれば、いろいろな挑戦ができますね。

しかも続けやすいです。

 

では、いつも楽しさを感じるようにするには、どうしたらいいのか?

次回はそのテーマで書こうと思います。