ひろっきーの一考 A thought by Hirokky

アイディア・学習・ライフスタイル・旦那道・映画・インテリア・アートなど、今まで知り得た無駄な知験から思うこといろいろ。実験的に。

思考のベースはどこに? "Where is the base of thinking? "

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自分の好きな考え方や思考体系はどこに原点があるのか?

 

不定期で自分の考えの源がどこにあるのかを、こうして考えることがあります。

 

以前に雑誌を発行していた時に、まぁ、フリーマガジンでしたが、自ら記事も書いたりしていました。プロのライターさんに依頼することがほとんどでしたが、量が少ないものは身内で書いたりしていたのです。

 

その時に、ふと、

 

「世の中の情報は全て編集されている。」

 

と思ったのです。

 

当たり前といえば当たり前。

でもこの事実は僕にとって、とても衝撃的でした。

 

例えば、あるTVニュースの話題が良いと感じるか悪いと感じるか?

自分の感情のフックが、そういう“編集されている情報”にあると思うと恐怖以外なにものでもありませんでした。

 

それから自分の書く記事の根拠やエビデンスは、できる限り配慮するようになりました。

 

同時に、自分が考えていることが、どこかのメディアの考えになっていないか?誰かの考えに乗っているだけなのでは?と考えるようになりました。

 

それゆえ、自分が今考えている思考のスタイルは、どこにベースがあるのかをチェックしたくなるのです。

 

では、どうやってチェックするか?

 

例えば好きな考え方をする著者がいたら、その人が最も影響を受けた人物は誰なのかを探っていきます。

 

僕は数年前にある外国人作家・講演家の日本語翻訳本を読んだことがありました。その考え方は、その時の自分には受け入れやすくて、大変興味深いものでした。

 

しばらくして、その人物の思考をさかのぼって調べてみたら、その原点はインド哲学にありました。

 

不二一元論を説いたシャンカラの哲学です。

(不二一元論についてはまた時間のある時に。)

 

そうなると今度は西洋哲学とインド哲学、欧米とアジア哲学の比較に興味を持ち始めます。

 

結局、地球全体で見ると、思考の源はそう多くはないという事が分かります。

 

難しそうに見えるものほどシンプル。

そう思います。

 

大切なのは自分が考えているその思考スタイルはこの哲学なんだな。と認識できる事だと思います。

 

私の好きなインド哲学は西洋からみれば異端になりますが、仏教的東洋思想の一部でもあります。最近はあまりにもアイデンティティーを強要されてきて疲れてしまった欧米人達が、禅に代表されるような東洋的考え方に興味を持ち始めています。

今後地球が共生に向かう際、インド哲学をはじめとするアジア哲学がますます活躍するのではないでしょうか?

 

思考のダイバーシティ。