ひろっきーの一考 A thought by Hirokky

アイディア・学習・ライフスタイル・旦那道・映画・インテリア・アートなど、今まで知り得た無駄な知験から思うこといろいろ。実験的に。

時間の概念 "What is the concept of time for us?"

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こんにちは、ひろっきーです。

 

 

あっ

 

 

と言う間に9ヶ月も経ってしまいました。継続って難しいですね。

前回の記事は2017年11月でした(笑)。

 

 

こうして過ぎ去った時間を考えると、ただ悲しくなるだけなのですが、そもそも時間って何なんでしょうね?

 

 

絶対的で人間共通の概念と思っていましたけど、その概念は人が考え出したものなので、ひょっとしたらそれぞれの相対的な認識次第という事かもしれません。

 

 

よく、好きなことに集中していたら時間が速く過ぎていたと感じることがあります。一方で、嫌なことはすごく長く感じます。

 

 

時間の感覚は、好きなことで埋め尽くされたらめちゃめちゃ速く進みます。だから成功している人は時間をとても大切にしていて、全てを価値あるものにしようと動くのだと思います。

 

 

その結果、楽しくて時間は速く進むけど、それだけ若いままで歳を重ねることになるので、老けるのが遅い(笑)。人生充実している人が若く見えるのは、その人の時間の流れが圧倒的に早いからだと思うのです。

 

 

そうすると必然的に早起きしたくなる。行動が速くなる。行列には並ばない(笑)。

 

 

自分の1分が相手の1分と違う。という事が分かると行動が変わりますね。

 

 

では、またです。

 

 

英語学習の雑話 "Tips for learning English"

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こんにちは、ひろっきーです。

 

 

本日は、英語学習について。

 

 

母国語と第二外国語の習得のメカニズムの違いは、とっても大雑把に言うと、大量インプットの潜在的学習か、意識的な顕在学習と言われています。

 

 

母国語は幼児の頃から無意識に周りの環境から会得するのに対し、英語などの第二外国語は学習を通じて学びます。

 


しかし、思春期過ぎて大人になった人達が、理論やルールで英語を学ぼうとすると、カバーできない領域がたくさん出てきて、真面目な人ほど苦労する傾向があるように思えます。

 

 

日本語と英語は言語学的にお互いに相当遠い言語同士なので、そもそも日本語のニュアンスが英語に必ずあるかというとそうではなく、例えば「気合をいれる。」に該当する英語はなく、代わりに身体動作を表す「Cheer up」などになる。

 

 

精神的なものの言いようが英語には少ないです。

 


かと言えば、「おはようございます。」は英語では、相手にそうなるように祈る要素があるのに対して、日本語では現象そのものを表します。

 

 

やはり、言語はルールで割り切れない。
なんとなく近い意味合いで合意している感じです。

 

 

特に英語は世界で約18億人が話していて、世界の4人に一人が話している言語。その中でネイティブの割合は3割程。ネットが加速し、話者同士で最適化された英語も生まれている。それでもコミュニケーションは進んでいるから、もはや正しい英語ってなんだ?という感じです。

 

 

とにかく自分の意思を伝えればいいんだと理解できれば、比較的簡単に英語学習のブレイクスルーは起きると思っています。

 

 

入り口はそんな感じで捉えるといいです。
ただし、先に進むと、階級による英語というのも存在するし、最後はフランス語をやるか!ということになります。

 

 

それでは、またです。

情報を仕入れておく価値 "It's worth for me to get a variety of information in advance."

 

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こんにちは、ひろっきーです。

 

 

今の仕事に関係ない事や、プライベートで興味のない事でも、何かを知り得る機会があった時は、とりあえず「面白そう!」と言ってみることにしています。

 

 

そうする事で、脳は目の前のことを認知しようとして優しく記憶してくれます。

 

 

なぜそういうことをするかというと、今後何かの機会や場面で相手とその話題になった時に喋れるし、今後わけもなく興味が沸く可能性もあるからです。

 

 

業種業界問わず知識を入れておくと、それだけで価値になりやすい。大事なのは、その時に調べればいいというのでは遅く、すでに知っているというのが価値になります。最初に会った時に、いかに話せるかという点で。

 

 

最近だとバイオテクノロジー。仕事に全く関係ありませんが、日本の技術が世界を導く時代を考えると、情報としては面白いと考えています。乗馬もいいです。今後は特に海外で乗る場面や、話題になるかもしれないからです。

 

 

最近、社交ダンスのワルツを習う機会がありました。全くやったことなかったですが、ヨーロッパでは紳士淑女が自然とダンスしたりするシーンがあるので、いずれ何か機会があるかなと思っていました。今回は練習会のチャンスが急にあったので、全く知らない状況よりも参加しやすく、また、やってみたらできそうだということも分かりました。

 

事前に情報を少しでも仕入れておくと、コミュニケーションやアクションが軽くなります。また、実際に知識としては知らなくても、そういう世界があるんだと認識しておくだけでもいいですね。

 

 

これらの思考のベースは、日頃好奇心があるかどうかというのも大切ですが、興味を持ってその対象を見ることができるか?ということで、それは意識すれば誰でもできます。

 

 

愛がベースということですね。

 

 

では、またです。

 

まるで映画を撮っているかのように自分の人生を見る「マイフィルム思考」。 "Seeing our own life just like a scene out of a movie. "

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こんにちは、ひろっきーです。

 

今年は特に観たい映画が目白押しで、愉しい時間が増えています。

当時、周りに絶対観に行ったほうがいいとリコメンドしていた「モアナと伝説の海」。言語学の視点からとても興味深かった「メッセージ」など、好奇心をくすぐりまくりの映画作品ばかり。年末にかけても5本以上は劇場に足を運ぶ予定です。

 

 

小学校の卒業アルバムにも、将来の夢は「映画監督」と書いてあるぐらい昔から映画好き。観るジャンルもいろいろで(恐怖映画は無理だ。)、ヨーロッパの単館系映画も好きです。

 

 

 

 

10年前までは、なんとなく映画好きの状態でいましたが、ふとしたきっかけで、「自分は映画をなぜ好きなのか?」を考える事がありました。

 

 

その時は、

 

 

「いろいろな感情を味わいたいから。」

 

 

という結論でした。

 

 

僕は、人生の目的は様々な感情を味わい尽くす事と思っているので、映画を見る事が、人生の一部なんだと妙に腑に落ちました。

 

 

この映画好きの視点。

少し位置を上げると、日々の自分の行動が映画そのものと考えることもできます。

 

 

例えば、とんでもないトラブルが起こったり、ありえない絶望的なことが起こっても、その瞬間に、撮影カメラの視点に移行すると、その出来事を俯瞰で見ることができる。

 

 

「これって映画だったらすげードキドキするシーンだよね。」という感じで。

 

 

どれだけ多くの観客に感動してもらえるか?という視点で考えると、一見トラブルと思っても、それが一つの良いシーンかも?と思えてきます。

 

 

これを僕は、「マイフィルム思考」と呼んでいます。

 

 

そう思うと、身の回りに起こるトラブル全てがチャンスと思えます。

 

 

「これ、自分映画を盛り上げるいいシーン」だと。

 

 

いろいろなチャレンジに対しても、このマイフィルム思考は役立ちます。「ここで挑戦した方がいいシーンじゃね?」となります。

 

 

結局、自分の人生は自分が監督しています。

 

 

これからもよいシーンを撮っていきたい。

そう思います。

 

余白について "About a blank space"

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こんにちは、ひろっきーです。

 

 

日本人独特の美意識として言われているものに「余白の美」というのがあります。

 

 

対象となる空間を物で埋めずに、あえて何も置かない。

 

 

飾らない余白を設けて、それそのものを美しく見立てようという美意識です。

 

 

古来の日本は、もともと室内にあまり物がありませんでした。

庭園でも枯山水などはまさに余白だらけ。書道の文字も余白が意識されています。

 

 

一方で西洋は、何かと空間を埋めつくす傾向にあります。

最近はシンプルな住空間の人気もあって、あまり物を置かなくなりましたが、大抵のリビングルームには絵画や本や写真立てやらたくさん配置されています。

 

 

それはそれで素敵だなと思うこともあるのですが、余白のある空間はそれだけで何か余韻を感じさせますし、心の開放感があります。

 

 

ここ数年は断捨離ブーム。

これは西洋的な思考のもとに大量に買って室内を埋め尽くしてしまった日本人が、本来のあるべき姿に戻ろうとしているムーブメントなのではないかと思います。

 

 

でもよくよく考えると、日頃使うものは限られていて、たくさんある必要はないのです。

 

それよりも余白を意図した方が、シンプルな生き方を選べるかもしれません。

これだけ情報過剰社会になって、物質以外にも不必要な情報がただでさえ頭に溢れています。

 

 

 

 

 

 

余白を室内に設けて脳もシンプルにすることが、日本人の世界に誇れる習慣と思考なのでは?

 

 

 

 

 

 

では、またです。

物事を一瞬でやるコツ "Some tips for making a good achievement in a flash"

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こんにちは、ひろっきーです。

日頃、英語を教えていて感じるのですが、

 

予想を超えるスピードで達成する人が実際にいるということです。

 

これってどういうことなのか?

その人だけが特殊なのか?

 

僕はそうは思わないんです。

 

ほんとうは、人間はいろいろな物事はあっという間に達成できる。日頃そういう仮説を立てています。

 

人は、達成に向けて何かを取り組んでいる途中で、自分で勝手に、やめればいいのにいろいろな困難を用意して、それを乗り越えることで感動するような演出を自ら作り続ける。

 

そういう傾向があります。

 

「すっごく頑張った先に、成功がある。」という感じです。

 

こういうRPGのようなストーリーが好きなのは、古くから神話や昔話があって、長い歴史の中で身体に刷り込まされているから無意識に人は体験したくなるという話しもあります。

 

でも、それも本当なのか?

そもそも神話は誰が生み出したの?

 

コレ、考えるだけでも恐ろしいですね。

 

 

さておき、物事をあっという間に達成するにはどうしたらいいのか?

 

それを成し遂げる人達には共通点があります。

 

  • 常識がない。
  • 常に楽しんでいる。
  • とことん素直で言われたことは全てやる。など。

 

世の中に溢れた常識に惑わされずに、取り組みを純粋に楽しみ、よく聞いて素直に実施する。

 

そういう人達が物事をあっという間に達成するのだなと感じています。

 

頭が開いているというか、受け取る能力が突出しているというか。

 

そういう思考の人達です。

 

いらない常識で満たされた世界から出ると、圧倒的なスピードで動けます。

そうとう先まで一瞬で考えられるので、いつも落ち着いています。

必然的に話の合う人が減っていきます(笑)。

 

そのような思考ができるようになれば物事の達成も早くなるのですが、では、どうしたらいいのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

ココは考えるところです。

今のところ僕は「睡眠」と「言語スピード」に注目しています。

 

 

それでは、またです。

公共施設のデザインについて "Designs for public facilities"

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こんにちは、ひろっきーです。

最近、日本でもかっこいいなーと思う公共施設や空間(パブリック・スペース)が増えていますね。

 

海外は、周辺の街並みがそもそも綺麗というのもありますが、やはり比べ物にならないほど素敵なデザインのパブリック・スペースが多いです。

www.archdaily.com

 

視覚や触覚など五感情報のインパクトは人の気持ちを変えることができるので、「どうしたらそこにくる人達のパフォーマンスをよくできるか?」という視点でデザインを考えるといいのではないかと個人的には思います。

 

当然、

 

そういうことをデザイナーは考えているワケですけども、

 

おそらく、地域住民の老若男女、誰にも受け入れられる標準化されたものしか提供できないルールや規制などがたくさんあると思われ、

 

よいデザインが手元にあるにもかかわらず、世の中に具現化できていないものがたくさんあるのだと思います。

 

人間の成長という視点で、公共施設のデザインを考えると、脳にある程度“刺激”のあるものがいい。

 

例えば、

 

壁はオレンジやイエローなどパンチのある色を使ってみる。

 

ちょっと歩きにくい道を作ってみる。

 

手すりが触るとゴツゴツした質感だったり、

 

写真を思わず撮りたくなるようなファサードだったり、

 

地元のアーティストが自由に落書きできるスペースがあったり、

 

8ヶ国語の案内版があったり、

 

月に一度の掃除は地元の人達でやるとか、など。

 

そういう事で人は刺激を受けると、本来楽しいのではないかと思います。

 

海外からもその公共施設に来たくなる。観光したくなる。そういう意図をしてデザインしてもいいですね。

 

結果、市の財政が潤ったりして。ヽ(^◇^*)/

 

 

 

デザインの付加価値をふと考えた、そんな一時でした。

 

 

 

それでは、また次回です。